『新自由主義の帰結(岩波新書)』服部茂幸

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 本書は、新自由主義の欠陥を適切に説明しています。著者の考え方は、落ち着いた大人のそれであり、好感が持てます。
 例えば、〈アメリカ大恐慌時には、投機に失敗したスーパーリッチの何人かは、破産に追い込まれ、自殺した。この意味では市場の規律が働いたと言えるであろう(もっとも、自殺者をだしてまで、市場の規律を貫く必要があるとは筆者は思わない)(p.20)〉と語られています。他にも、〈筆者は経済成長の目的は、一般的な国民、特に貧しい国民の生活を改善することにあると考える。したがって、それに失敗した九○年代以降のアメリカ経済の「繁栄」を筆者は繁栄と認めない(p49~50)〉と述べられています。これらは、健全な意見だと思います。
 著者は、〈戦後の金融システムは、資本主義の歴史上異例とも言える安定性を誇っていた。この規制され、安定していた金融システムを破壊したのが新自由主義の理論と政策である(p.68)〉と述べ、新自由主義に対して批判を行っていきます。具体的には、〈多額の保険金支払いで損失を被った分だけ、多額の利益を得ている側がいるはずである。これだけ見れば、両者は相殺される。しかし、支払い側は負債を抱え、破綻すると社員は解雇される。だからといって、受け取り側の金融機関は多額のあぶく銭を使って、それと同じ数の人間を雇おうとはしないであろう。こうした支払い側と受け取り側の行動の非対称性によって、全体的な効果はマイナスとなる(p.77~78)〉と説明されています。
 また、次のような意見は、よくよく考えておくべきテーマだと思います。それは、〈世界全体で望まれるのは、年単位では赤字国と黒字国があっても、それが他の年の黒字や赤字によって相殺され、長期的に累積しないことである。赤字国と黒字国が固定化され、年々歳々、赤字と黒字を累積させる世界経済の実際の姿は、望ましい状態からほど遠い(p.114)〉ということです。さらに、〈日本や中国のように、多額の経常収支黒字、対外資産を抱えながら、自国通貨を引き下げる(上昇を抑える)ことによって、輸出拡大を図っている国も存在する。世界全体から見れば、こうした行為はグローバル・インバランスを拡大する行為であるとも言えよう(p.137)〉とも語られています。
 経常収支の黒字にこだわるのは、現代日本の特色の一つだと思います。日本の国益という観点から、これは有効な戦術の一つだと思われますが、さらに上位の戦略から、世界全体のバランスという思考が要請されるわけです。この問題は、考えるに値します。 

PS.
 著者は、第3章でフリードマンとハイエクの違いを述べ、ハイエクを擁護しています。私自身は、ハイエクについても否定的なのですが、著者の述べている両者の相違と擁護の論理はしっかりしているので、その点はやはり誠実さを感じました。私がハイエクを批判するのは、また別の論理になるわけです。

コメント(4)

服部先生は私淑している経済学者の一人です。

個人的な印象としては、新自由主義批判よりも量的緩和批判のイメージが強いです。

先生の著書である『日本の失敗を後追いするアメリカ 「デフレ不況」の危機』は、中野剛志さんや、藤井聡さんが推していました。

京大の根井雅弘先生ですね。

現代経済思想史が専門の方です。

異端派に関する著作が多いです。

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