前作の『世界を変えた哲学者たち』がとても面白かったので、即購入しました。今回も面白くて分かりやすいです。著者は、各哲学者の哲学を非常に良く理解し、本質を損なうことなく適切に紹介しています。デカルトについては、〈要するに 見るな、考えよ!(p19)〉とか、最高ですね。
今回は、デカルト・ホッブズ・ロック・ヒューム・ルソー・スミス・カント・ヘーゲル・マルクス・ベンサム・ミルです。西洋哲学の代表的人物たちが雁首をそろえています。
本書を一通り読んでみて、改めて思いましたが、けっこう嫌なやつらが多いですね(笑)。人間的にも哲学的にも、私個人はこの中ではヒュームが一番好きですね。次点は、アダム・スミスですかね。後は、微妙というか・・・(苦笑)。あっ、でも、哲学的には、デカルトやホッブズは見所があって面白いかな? カントは、『純粋理性批判』には考えるべき要点が多々ありますが、『実践理性批判』はひどいと思います。
哲学者の紹介は、さりげなく著者のよる評価が示されています。一見して、私的な意見のようですが、極めて客観的で公正な評価がなされていると思います。例えば、〈ルソーの論理は破綻している。(p.104)〉と語られていますが、まったくその通りです。「人民」という概念のいかがわしさが明確に説明されています。他にも、〈ミルもつまらないことを書くものである(p.253)〉と書かれているところも、まったその通りです。特に、ミルの意見の中でこの点に絞って批判していることから、著者の哲学的センスの高さを伺うことができます。世の多くの民主主義万歳のカルト信者では、ミルを批判するとしても、他の箇所を民主主義万歳の観点から批判するという醜態が関の山です。そういったドグマにはまっていない意見が展開されています。見事ですね。
蛇足ですが、個人的にはカントの『判断力批判』の解説も読みたかったかも。でも、この規模の本だとそこまで求めるのは過剰要求ですね。
素晴らしかったです。本書は、現代の日本でまともに生きようとしている人の琴線に触れる本です。例えば、p.6に、〈近代主義とは、自由の拡大、平等や民主主義の進展、経済発展、人権や基本的権利の拡張、平和の増進が人々の「幸福」につながり、「幸福の増大」は望ましいことだ、という考え方です。その意味での「幸福追求」こそがわれわれが目指すべきものだ、ということなのです。今日、この近代主義の価値観を疑う者はまずいないでしょう。〉とあります。私のように近代主義の価値観を疑う者はもちろん、疑わないで生きて来た人も、思想というものの本領を見ることができます。
著者の穏やかな語りが本書を読みやすくしていますが、ところどころに非常に鋭利な切れ味を誇る意見を見ることができます。
p.28には、〈民主主義にはふたつの考え方があります。ひとつは議会制や政党政治そして官僚制などと調和しつつ政治をすすめるという間接的で抑制的な民主政治です。そしてもうひとつは、国民の意思をできるだけストレートに政治に反映させるという直接民主主義です。前者は、後者のあまりの過激さを避けるために、民主政治のなかにできるだけ民主的でない要素を持ち込んで「民意」の直接的な反映を抑制しているわけです。〉とあります。かなりマイルドに語られています。ぶっちゃけると、前者は民主主義や民主政体というよりは、混合政体といった方が適切ですね。p.32では、〈さらに少し不穏当なことをいえば、そもそも多数決が正しいという確かな根拠はどこにもありません。〉と述べられています。民主主義への鋭い批判が美事に展開されています。p.43では、〈分布でいえば国民の8割がまともで2割がヘンなのに、政治家は2割がまともで8割がヘンというわけではありません。もしも政治家の8割がヘンだとするなら、おおよそ国民も8割がヘンだとみておかねばなりません。〉とまで述べられています。実にまっとうで、鋭い指摘です。
他にも素晴らしい意見はいくつもあります。
p.55には、〈「人の権利」ばかりに関心を向け、「人の格」にあまりに鈍感になったのではないでしょうか。「人権」栄えて「人格」滅ぶではどうしようもないではありませんか。〉とあります。その通りなのですが、少し補足すると、「人格」が滅ぶと結局は最低限の「人権」すら失われてしまうんですよね。
p57には、〈もう誰もイラク戦争などなかったかのような顔をしています。遠い昔のことになった。〉とあります。これは、本当にふしだらで、おぞましい事態です。あのイラク戦争は、致命的でした。著者や数名の勇気ある人物を除いて、日本に生息している日本語を話す動物は、嬉々として侵略戦争に荷担していったのです。恥を知れってなもんです。
p.106,107には、〈東京裁判において、日本の行動が戦争放棄という国際法に違反したというのなら、どうしてそもそもその東京裁判が国際法違反の疑い濃厚である点を問題にしないのでしょうか。〉とあります。これも、まったくその通りです。それ故、東京裁判史観に染まっているものは、端的に卑劣なのです。
p.213には、〈経済も人間がやることです。人間を動かすものは精神の働きです。それが空っぽになってゆけば、政治の力も文化の力も衰退します。政治も文化も三流で経済だけが世界に冠たる一流などということはありえません。〉とあります。これも、まったくその通りだとしか言いようがありません。
本書はまともな知性がまともなことを言っているという、至極まっとうな本です。これだけまともな本は、今の日本では絶滅危惧種ですね。
佐伯啓思氏の2008年から2011年の時評や評論をまとめたものが本書です。
少し時代状況が古い感じがする評論もあります。2012年の最新の評論も入れてほしかったところです。ですが、論じられている内容は、鋭く深いです。
例えば、〈大きな政策対立を前提にした二大政党政治は、日本では困難だと知るべきである(p.36)〉という意見や、〈自由がドグマと化したとき、「自由主義」の名のもとに多様性が失われ、抑圧が進展することもありうるのだ(p.101)〉という意見など、改めて考えさせられます。
今後も的確な評論を期待しています。