私はよしりんファンですが、よしりん信者ではありません。よって、よしりんが述べていることが正しければ賛成しますし、間違っていれば批判します。最近の言説で言えば、女系公認論も反TPPも脱原発も賛成です。ですが、本書に関してはひどい出来でがっかりしました。「ニセモノ政治家の見分け方」というより、「気にくわない政治家のおとしめ方」という題名の方が合っていると思います。
例えば、まえがきの最初の2ページで既に論理がおかしくなっています。〈初めから野田佳彦が首相になって、保守の純化を進めればよかったのだか、・・・(p.7)〉と述べて野田を保守だと持ち上げています。それに対し、〈安倍晋三や現在の保守論客は、・・・「エセ保守」に過ぎない(p.7)〉と述べています。その上で、「エセ保守」が〈TPP参加で「関税撤廃」を目指す方向に進もうとしている(p.8)〉と論じているのです。安部自民党はTPPに関し、「聖域なき関税撤廃」を前提にする限り、TPP交渉参加に反対しますという態度であり、野田はTPP推進派ですよ。いったい、何を言っているのでしょうか? 誤誘導しようとしているのでしょうか?
また、『希望の国日本(飛鳥新社)』で安部晋三を持ち上げ、本書でこき下ろしています。その理由として、〈まさか「潰瘍性大腸炎」という難病だったとは知らなかったのだ(p.104~105)〉という理由と、〈皇位継承問題で、・・・もう少し柔軟な立場を取れる人間だと思っていた(p.105)〉という理由を挙げています。それなら、今更『希望の国日本』では許容していた「対日非難決議案」の問題をここで蒸し返すのはおかしいでしょう。私は「対日非難決議案」で安部晋三を擁護するつもりはありません。ただ、非難する側のダブルスタンダードがおかしいと指摘しているのです。
安部晋三をこき下ろすあまり、野田佳彦に対する評価は不正に高いです。〈人権擁護法案を閣議決定したことはわしも失望したが、サヨクを抱えた党内事情だからこその妥協なのだろう。(p.93)〉と述べ、〈すでに国際常識化してしまった事案を、後を継いだ首相が、そう簡単に「慰安婦は性奴隷ではない」と米国紙に異議申し立てなどできるわけはない。(p.132)」と述べています。すげ~な。人権擁護法案を進めたり、性奴隷に異議を唱えなくても、野田は保守だったんだ。すげ~な。マジで。
他にも、おかしなところはたくさんあります。
在日問題に関して、〈日本国籍を取ってほしいというのが、一番の願いだが、それができないリアルな事情がある例も知っている(p.66)〉と述べています。そう言うのなら、そのリアルな事情を説得的に論じてください。
尖閣問題については、〈地元の漁民のために「船だまり」を造るというようなことは、中国がガタガタ言ってこないような時期を見計らって、こっそり徐々にやればいいのだ(p.77)〉と述べています。大爆笑ですね。中国がガタガタ言わない時期って、いつなんでしょうか(笑)。
経済については、〈経済一辺倒とは、要するに「カネが一番大事」ということであり、・・・(p.86)〉とあります。日本人である私にとっては、経済とは「経世済民」のことですが、よしりんの認識では違うようです。p.100の二宮金次郎の名言も、経済は「経世済民」だからこその言葉ですよ。
p.104の〈安部晋三が退陣して誰も期待しなくなっていた時、新たな期待を盛り上げようと最初に画策したのはわしである。〉というのも、間違っています。例えば、西部邁さんなどは、安部晋三の首相への返り咲きを見据え、よしりんよりずっと前から画策しています。
p.120の〈「美学の追究」とはあくまでも「私的」なものであって、「公的」な使命を果たすというものではない。〉というのも意味不明です。「美学」は、「私的」にも「公的」にも結び着きます。公的な美学のない政治家など、それこそ願い下げだと私は考えます。もう少し分かりやすく述べるなら、「公的」な使命を果たすという「美学」を、「私的」に引き受けることを選んだ者こそが、政治家であるべきなのです。
他にも、おかしなところは多々ありますが、めんどくさいのでこの辺にしておきます。私に安部晋三を擁護するつもりはありません。あくまで、安部晋三を批判する論理が、公正さに欠けているから信用できないというだけの話です。