次は、以下のS意見について、議論を進めます。
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https://twitter.com/littlefield1988/status/355519195754147842
元文君の言うことでわからないのは、永井均の独我論のつまらなさを認めているのに、一方で「人類史レベルの天才」とか言って評価しているところだなあ。あと、彼の西田(幾多郎)哲学の説明を聞いても、とても彼が言うような「人類史レベルの〜」なんて思えないんだよ。(続)
https://twitter.com/littlefield1988/status/355519633425563648
ガキンチョでも直感的に理解していることを、弟子たちに曲解させた「人類史レベルの馬鹿」なのかも知れないぜ。
https://twitter.com/littlefield1988/status/355524273760256000
大抵の天才たちのアクチュアルと言うよりもエッセンシャルな議論を聞いても、「知ってた」としか思わない。ところで天才なんているのか?・・・・・・と自己尊大の病にかかって数十年経ちました。誰か、殺す価値もない僕を、それと承知で、殺してください。
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正直、これだけ短い文章中に、どれだけの突っ込みどころがあるのか気が遠くなってきたのですが、まあ、気を取り直して論じていきます。
まず、「永井均の独我論」とありますが、正確には「永井均の独在論」の方が正確です。永井は、独在論において、ユニークな哲学議論を展開しています。
次ぎに、私が「永井均の独我論のつまらなさを認めている」とS氏は言っていますが、そのようなことはありません。私は、永井均が独我論について論じた部分も、永井均の独在論もたいへん面白いと感じています。私が述べていないことを勝手に述べて、私の論拠に疑問を呈するということは、正直、止めていただきたいです。
あと、私が永井均を「人類史レベルの天才」と評価しているというところは事実ですが、補足説明をしておきます。私が評価しているのは、永井の学問的な哲学的成果についてです。
例えば、佐伯啓思氏で言えば、人格的に尊敬していますし、学問的成果について敬意を表しています。
一方、永井については、人格的には尊敬していませんが、学問的成果については敬意を表しています。永井の哲学における成果が、人類史レベルの天才と評するに値すると考えているわけです。
ただし、ある人物が天才か否かという問題は、たいへんな問題です。いわゆる天才論とセットにして考えなければなりませんし。
ですから、私の考える天才論を示し、その天才論によって永井均が如何なる天才かを示すというのも一つの方法ではありますが、それとは違う方法をとります。
すなわち、S意見における天才論が如何なるものかを示し、そのいかがわしさをあぶり出す戦略を行います。
その前に、S氏が永井を批判している箇所について論じておきます。
S意見についての回答(5)へ続く。
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