2018年9月アーカイブ

 しばらく更新していないうちに、Access Counter 600000 突破しました。

 更新も滞っているなか、見てくださる方がいるというのはありがたいことです。

 ここ最近は、体調を崩していました。症状は軽かったので仕事はできていたのですが、ちょっと喉が痛かったりダルかったりして、微妙な状態が続いていました。まだ全回復とはいきませんが、だいぶ持ち直してきました。

 やはり健康は大事です。体調が悪いと、本を読むのもきついし、文字を書くのもしんどくなりますから。普段は好きなことが、億劫になるのは精神的にもきついですしね。

 あっという間に9月も終わりです。2018年も終わりが見えてきました。早いですね(笑)。

 いろいろとやりたいこと、すべきことはあるので、これからも頑張っていきます。

新しいテーマに挑戦

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 最近は、新しいことに挑戦するための準備に時間をかけています。自分的には、かなり慌ただしく生きている感じなのですが、アウトプットがないので客観的には何もしていないように思われることでしょう(笑)。まあ、しょうがないですね。

 今は、ファンタジー小説を書くための下準備をしています。発表するかどうかも未定ですが、アイディアが固まっていくのは楽しいものです。自分が楽しめることをしていくつもりです。

パトナムです

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思考の落とし穴』→『プラグマティズムの歪み』に<7> パトナムを追加しました。

 パトナムは、その生涯で考え方がけっこう変わっていっているので、いまいち掴みにくいですよね。

クワインだ。

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 『思考の落とし穴』→『プラグマティズムの歪み』に<6> クワインを追加しました。
 クワインはさすがですね。分析哲学には一目置かざるを得ません。クワインはけっこう好きです。


台風とか地震とか

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 関西では台風が、北海道では地震による被害が出ています。

 これからも大規模な災害が予想されますので、官民協調による備えが必要になります。

 台風は、すごい風でした。

 家に待機していたのですが、瞬停が何度もおこり、パソコンを止めて大人しくしていました。


 山片蟠桃について、改めて『夢の代』を読んでまとめたので、記述を追加しました。

 具体的には、『日本式 正道論』の第六章 町人道と、『日本式 自由論』の第四章 江戸時代と、『日本式 経済論』の山片蟠桃の章です。

 細かい追記・修正ですが、こんなことを真剣にやったりしています。我ながら、やっぱり普通じゃないなぁと思ったりします。


「お金(money)」には、ざっくり言うと、歴史的に二つの考え方(定義)があります。
一つは、アダム・スミスなどから続く「交換の手段としての商品としての貨幣」という考え方。
もう一つは、「信用取引における通貨による決済システム」という考え方。


前者が間違いで、後者の考え方が重要と説いたのが、フェリックス・マーティンの『21世紀の貨幣論』です。お勧めの名著です。本書から、重要なマーティンの言葉を引用しておきましょう。


〈マネーの本質が、経済学者が主張する交換の手段ではなく、譲渡可能な信用にあるなら、経済の貨幣需要を説明する要因は大きく変わる。商品に対する需要を満たすのは簡単だ。商品が市場に十分に供給されるようにすればいい。ところが、譲渡可能な信用の場合は、量だけでは足りない。発行者の信用力と債務の流動性が関係してくる。そしてこの二つは、技術的な要素や物理的な要素によっては決まらず、信頼と信認の全体的な水準によって決まる。〉


ちなみに、硬貨(100円玉や500円玉など)について。
紙幣は日本銀行が発行し、硬貨は日本政府が発行しています。
硬貨は別名「補助貨幣」であり、国内流通が前提であり、海外との両替ができません。
ですから、お金の広義の定義として硬貨(の性質)を含めても良いですが、狭義の(経済的に本質的な)定義としては、「信用取引における通貨による決済システム」となります。

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