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2013年7月アーカイブ

 昨日は、九州まで日帰り出張してきました。

 大阪と九州の間で、日帰りで出張できるって、新幹線技術さまさまですね。

 九州だと、場所によりますが、飛行機より新幹線の方が早かったりしますよね。

 いや~、でも、社会人って、ある意味ですごいですよね。

 だって、日帰りで大阪→九州→大阪って、その旅費だけで、けっこうな金額なわけですよ。

 例えば、その旅費分の金額をアルバイトで稼ぐとしたら、かなり大変なわけです。

 その金額をかけて、自分が半日程度、その場所へ行くことを認めてもらっているわけですよね。

 ある意味で誇らしいですね。

 あと、新幹線移動って、個人的に大好きです。

 だって、本を読めるもん。

 昨日は、映画『風立ちぬ』を見てきました。

 まあ、監督の発言とかいろいろと問題になっていますが、それはひとまず置いておきます。

 見てみた感想は、普通に良作だと思います。

 後半が、おそらく意図的に流し気味に進んでいきましたが、戦争中もじっくりと描いてほしかった気もしますが、ジブリだし、これで良かったのかもしれません。

 話題になっている堀越の声についてですが、個人の感じ方もあるでしょうが、私は違和感なく聞けましたね。

 堀越は、かっこ良かったですね。

 堀越は理系人間ですね(笑)

 私も理系なので、曲線の美しさに惹かれるってありますね。

 それと同時に、曲線を工学的に扱う場合の桁違いの難しさにゾッとする面もありますけどね。

 飛行機を軽量化しなければならないって奥さんに話して、それを微笑ましく笑顔で返してくれる女性って素敵ですね。

 違和感を覚えたところを述べておくと、「(零戦は)一機も帰って来なかった」というセリフは分かりますが、「国を滅ぼしてしまった」というのは違うのではないかと感じました。

 あと、自分も社会人になって結構経つので、家庭と仕事の関係については、重く感じられました。

徒然

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 今日は、映画を見に行くぞ。

 明日は、九州へ出張だぞ。

 読めていない本が溜まってきたぞ。

 日々これ勉強。

 なんちゃって。

 今日は、東谷暁さんの講座に行ってきました。

 仕事場から、徒歩で10分くらいのとこでやってくれていたんで、行くのが楽で助かる。

http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=205741&userflg=0

 経済についてお勉強して来ましたが、色々と裏情報的なものも聞けて面白かったです。

 話を聞いていて、アベノミクスでの国土強靱化が中途半端に終わる可能性として、大きく二つの面から考えなければならないのかなと思いました。

 一つ目は、公共投資の乗数効果ですね。ケインズは10倍とか2.5倍とか言っていたみたいですが、現在は1~1.2くらいらしいですね。

 まあ、乗数効果が低いと予想されるなら、公共投資を抑えようとする力は働きますわな。

 そこで、二つ目として、国民の意識を変える必要があるわけですな。つまり、国土強靱化は、乗数効果とかではなく、必要だからやるという風に大多数が思うようにならなければいけないわけですな。

 正直、国民の中で、公共投資の必要性の認識が低いどころか、公共投資悪玉論が根強いというひどいありさまなのかもしれません。そこの意識を、どう変えていくかが鍵になるんですが・・・。

 あと、『経済学者の栄光と敗北』は既に持っていたんですが、サイン会があったので、再購入し名前入りでサインをいただいてしまいました。やったね。

 本書や『表現者』のレビューをAmazonで書いていると伝えたりしたのだ。

 あとあと、以前にニコ生放送で会った京都大学院生のボンジン(本名伏)さんも来ていたので、軽く話をした。

 9月の中野剛志さんの講座↓に来るか聞かれたので、もちろん参加と答えた。

http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=209053&userflg=0

 さらに、本ブログを見てみたと言っていたので、そんな変なブログは見ないでいいよ。勉強の方をちゃんとしなさいと言っておいたなり。

 ボンジンさんは、非常に頭が良くて礼儀正しくて将来有望なので、無駄な時間を費やすことはないのです。

 というわけで、今日はめずらしく善行を積んでしまった。

 死んだ後、地獄に行かずにすむかな?

 

 映画『るろうに剣心』がテレビでやっていますね。

 ところどころ省略して、30分くらい短くなっているのかな?

 やっぱり、アクションも含めて、レベル高いですね。

 京都編もやるみたいだし、楽しみですね。

 原作で好きなキャラは、比古清十郎ですね。

祭り

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 大阪天満宮の天神祭に行ってきたぞ!

 祭りは人がいっぱい。

 日本の祭りはいいねぇ。

 最近は出張だらけだったので、フィットネスに行けてなかった・・・。

 平日の夕方からで契約してるので、たくさん行かないと元が取れないのや。

 というわけで、久しぶりにフィットネスへ行く。

 う~ん、やっぱり、運動はしていないと衰えが見えるね。

 日々、精進。

 マスコミの報道を聞いていると、景気は良くなってない。庶民に恩恵が届いていない。とか聞きますが、私の仕事では、アベノミクスのおかげなのか、景気の良い話がけっこう出て来ていますね。
 そのせいもあって、忙しいのじゃ! お盆も仕事じゃ!

 はっΣ(Д゚;/)/...

 これが、庶民に恩恵が届いていないってことか・・・(←違う)。

 お金よりも時間がほしい・・・。

 よく本屋へ行きます。

 大阪には、大きな本屋がたくさんあって、ヒャッホウってなります。

 職場の近くには、ジュンク堂 大阪店があり、昼休みにちょっと行ってみることができます。カードを作っておけば、本を買うたびにポイントがつきますしね。

 1・2・3階が本屋で、本がたくさんや。宝の山や。1階は、漫画とか置いてますね。

 こないだは、1階で『大日本サムライガール6』を、2階でリカードの『経済学および課税の原理』の岩波文庫の上下巻を、3階では青木 泰樹さんの『経済学とは何だろうか―現実との対話』を買ったのだ。節操がないぞ。我ながら。

 

 社会人になっても、勉強は大切ですね。

 今度の土曜は、東谷暁さんの『世界的経済学者の目で見たアベノミクスとTPP』を聞きにいくぞ!

http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=205741&userflg=0

 だいぶ先だけど、9/28には中野剛志さんの『保守主義の経済論』を聞きにいくぞ!

http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=209053&userflg=0

 経済について勉強中ですしね。

 経済の本もいくつか買ったので、まずは読むのだ。

 文系と理系って、どう違うのでしょうか?
 とりあえず、高校とか大学などには文系と理系って区別がありますよね。
 私の考えですと、数字を見て眩暈がするのが文系で、眩暈がしないのが理系って区別をしています。だって、文系でも文学とかぜんぜん興味ない人はいるし、理系でも文学大好きな人もいますもん。
 私は理系でしたが、文学とか好きですしね。

 出張から帰ってきました。

 真夏の工場は暑い・・・。

 ここのところ出張が続いて疲れた。

 少しの間は、出張が入らない・・・はず。

 あと、人気ブログランキングのおかげで、アクセス数がアップ数がかなり上がってる。

 みんな、1日1クリック↓してね。 
  

 参院選が終わりましたね。

 まあ、結果について色々言いたいこともあるような気もするけど・・・。

 これからどうなることやら・・・。

 今日もまた出張なのだ。

 政治が動いても、庶民はお仕事頑張るのだ。

 哲学者の永井均について、もう少し語ってみる。

 永井の凄さと恐ろしさは、現象を外側から把握しようとするその力強さです。

 物事の背後に(隠されて)ある構造を、緻密な論理的思考によって明らかにしていくところですね。

 

 『翔太と猫のインサイトの夏休み』より


 哲学にとっては、好き嫌いなんてどうでもいいものなのさ。

 たとえ自分の気に入らない考えでも、ほんとうに説得力のある論拠によって論駁されるまでは自分の考えとして持ち続けていられるかどうか、このことがその人がほんものの哲学者であるかどうかを決めるんだ。自分の気に入った考えしか自分のものとして持てない人は、思想は持つことはできても、哲学をすることはできないんだよ。

 

 この意見は一見単純ですが、ものすごく難しいことです。

 というより、このような議論における姿勢を持ち続けられる人というのは、ほとんど存在しません。それゆえ、このような姿勢を貫いているという点だけを見ても、永井は哲学者として極めて優秀なんですね。

 私は永井の思想に対する考え方は嫌いなんですが、哲学的成果は素晴らしいと思いますね。

 というか、永井哲学についてじっくりと考えて、批判的に検討してみたいんですよね。

 あと、永井の哲学的射程から、永井がどのように行動するのかの予測が極めて困難なところも、怖いですね。

 例えば、海で遭難し、自分を含めた何人かで小型ボートで漂っている場合を想定してみます。そのとき、舟の浮力が足りなくなって、誰か一人が舟から降りて犠牲になれば他の人が助かるような場合で考えてみます。

 保守主義者の一部なら、自ら犠牲になる人もいるでしょう。

 九条大好きの似非平和主義者なら、自分以外が名乗り出るのを待っていることでしょう。

 で、永井の場合は、英雄的に自分が犠牲になるかもしれませんし、自分以外を突き落として自分だけが助かるかもしれません。その選択肢の幅がかなり広くて、しかも選択の傾向性がつかめないんですよね。

 そのため、天文学的な確率ですが、危機的状況において私と永井が同じ空間にいるような場合、私は永井を敵として警戒せざるを得ないのですよね。

 警戒すべき敵として判断する、そのレベルにおいて、永井という哲学者は非情に危険で魅力的に感じるのですよね。

 

徒然

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 なんか、管理人モトが沢山本を読んでいると勘違いしている人もいるみたいですが、そんなことはないよ。

 そんなに本を読んでいるわけではないですよ。

 有名でも未読のものはたくさんあるしね。

 興味のあるものしか読んでないし。

 興味があっても、本ホームページでは全然触れていないものもあるけど。

 ふとした切っ掛けで、お昼のワイドショーの雑音が聞こえてきた。

 そこでは政治の選挙に関して、若者の投票率が低いことが話題になっていた。

 それで、コメンテーターが、若者も投票へ行くべきだと言っていたわけです。

 普通なら、それを聞いてその通りだと思うのでしょうが、私はひねくれているのか、素直に頷けませんでした。

 まず、投票率が高いことが善いことだと思えないんですよね。

 投票率が高いことが善いことだという思考の背景には、普段は語られることのない、一種の欺瞞が含まれていると思うのです。

 例えば、数の多さがより善い意見に導かれるといった考え方などです。

 この明らかに間違った考えが、意識的もしくは無意識的に前提になっている社会状況があると思うんですよね。

 その構造を見抜いてしまうと、次のような考え方が出来てしまうのです。

 つまり、投票率は低い方が良い。

 何故か?

 だって、投票率が低い方が、政治に関心がある人の意見が反映される割合が高くなるでしょう?

 この意見に対しては、「だから政治への関心を高めなければならない」というような考え方が出て来ることが予想できます。

 でもさあ、今のような選挙制度、つまり選挙が義務ではなく権利なのに、投票率が100%近くて、国民のほとんどが政治に強い関心があるって、それはそれで問題なんじゃないの?

 そういった場合って、歴史的世界的に顧みて、世の中が大混乱しているときですよね。

 そうなれば善いってわけでもないですよね。

 なら、世の中が比較的安定していても、国民の皆さんが政治に強い関心を持っている状態が理想だということ?

 それって、何か変だと思うわけですよ。なんか不気味な感じがするんですよね。

 でも、投票率が低いことが善いことだ!とも言えないわけですね。

 なぜなら、カルト的な政治団体が固定票を使って躍進してしまうからですね。

 だとするなら、投票率が高い方が善いとか、低い方が善いとか、一概に言えないわけですよ。

 さまざな要素が絡み合っているわけですから。

 で、何が言いたいかと言うと、投票率が高い方が良いということに疑問を抱くことなく、絶対的な正義面してえらそうに解説しているコメンテーターって、それ自体がある種の悪なんじゃないかって思ったりしてみたわけです。

 以上、単なる無駄話でした。

 

 Access Counter 45000突破しました!
 やっぱり、アクセスランキングに参加したら、アクセス数が増えましたね。

 本ホームページの特殊性を考えると、今ぐらいのアクセス数がちょうど良いと思わないでもないけどね。

 「構造改革はインフレ対策」は本当でしょうか?
 まず、ここでは問題を簡単にするために、構造改革=規制緩和として考えていきます。
 構造改革による規制緩和は、競争の激化によって供給能力を高めるため、需要超過であるインフレ時に採用すべき政策だと言われていたりします。
 これって、本当でしょうか? かなり疑わしいと私は思うわけです。だって、今現在の日本は、構造改革しまくった結果、建設産業の供給能力が低下し、必要な公共事業を行えるだけの能力が不足してしまっているわけですよね?
 だとすると、規制緩和すると、供給能力が高まる場合もあれば、供給能力が低下する場合もあるわけです。だとするなら、インフレ時だからといって、安易に規制緩和すれば良いというような問題でもないと思うわけです。少なくとも、規制緩和をするには、いくつかの条件があると思うのです。
 例えば、国内に特定の産業分野が集中しすぎている場合とか、特定の産業分野における協定が価格競争力を著しく低下させている場合とかです。これらの条件の基準は、もちろん国家の経世済民の考え方に依拠すべきでしょう。
 具体的には、国家の経世済民から考えた場合、あらゆる産業分野がバランス良く配置されていた方が善いと考えられます。その観点から、特定の産業分野が肥大化しているときは、その産業分野を保護している規制を緩和し、他の産業分野に人材を回すことで、適切な範囲まで持っていく方法が考えられます。また、特定の産業分野の協定が、他の産業分野との釣り合いから不公平な場合も、その協定に対し、規制緩和すべきだと考えることができます。この観点からは、特定の産業分野に対し保護政策をすることも、もちろん正当化されます。
 この経世済民の立場から、たとえインフレ時だとしても、規制緩和によって(他国との価格競争などを通じて)国内の特定産業が弱体化や消滅するようなことは避けるべきだと言うことができます。

 まあ、ここのところは、まだ考え中でもあるので、間違いがあったら指摘してください。

 ランキングの「哲学・思想」分野で、目標だった50位を突破し、30位になりました。
 やったね!

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芸術・人文 178 位 / 3603人中
 ┗人文 99 位 / 1786人中
    ┗哲学・思想(割振率:100%) 30 位 / 387人中
総合ランキング 4824 位 / 992790人中

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 次の目標は、20位だ!

 なんか、アクセス数も増えているぞ。

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 出張から帰ってきました。夏は、暑い・・・。
 ひとまず、一旦帰宅なり。でも、来週また行くけど。他の仕事も詰まってきて大変。

 

 あと、本人が公開して良いと言っているみたいなんで、未公開化から公開へ。

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https://twitter.com/littlefield1988/status/357372837230690305

今回の事で、貴重な休日を使わせてしまった上、結果、記事が非公開になるのは残念だな。少なくとも僕の方に傷があるのは明白なので、その傷自体は曝したままにしておいてほしいんだよね。

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 明日からまた出張です。出張多いよ。
 早くて帰ってくるのは金曜、長いと日曜だよ。
 次回の更新は、帰ってきてからだな。

 夏バテに気をつけよう!

PS.

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 sleepysnoopyさんのTwitterに、「S意見についての回答」に対する回答がありましたので、それに対して回答します。「回答」という言葉を使いすぎだな・・・。

 

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https://twitter.com/littlefield1988/status/356715506901860355
永井じゃなくって、西田幾多郎のことなんだけどな。この前のカラオケ店で西田の哲学についての簡単な解説を聞いた時に、あれだけだとどうして西田が「人類史レベルの〜」か、イマイチわからんなあ、と思ってしまったのが残っていたからね。あと、そうだなあ。「だけ」って表現したのは確かにまずかった
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 まず、後半部分で批判されていたのは、実は永井均ではなく、西田幾多郎でした。この点については、間違えておりました。申し訳ありません。
 この間違いについて、多分ほとんどの人は意味不明だと思うので、解説しておきます。まず、普通に読むと、十中八九、永井均が批判対象だと考えてしまうと思います。ですが、永井均の『西田幾多郎』を読んでいて、第三章の「2 田辺元の西田批判」が記憶に残っていると、批判対象が西田幾多郎である可能性が出て来ます。この点については私の頭をよぎったのですが、まさか西田幾多郎をあんな風に批判するとは思わなかったので、西田の例を永井にも適用して批判したのだと考えてしまいました。実際、永井の哲学も誤解されまくっているわけですし。ただ、この点については、慎重に論じるべきだったかもしれません。

 

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https://twitter.com/littlefield1988/status/356721009283448832
「大抵の天才たちの〜」ってtweetも自分宛てだと思ったんだろうか。
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 その発想はなかったです(笑)
 本ホームページでも書いていますが、私は天才性の欠片もないので(笑)

 

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https://twitter.com/littlefield1988/status/356921869254922240
ただ、件のtweetでの「彼」が、永井なのか西田なのか元文くんなのか、わかりづらいのは確か。元文くんの名前を出してtweetするならこの数倍の分量できっちり書くべきだった。
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 なるほど。確かに「彼」が私を指しているとも読めますね。私は「彼」は永井だと思っていました。ただ、「彼」を西田とするのは文脈から無理があると思いますが。

 

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https://twitter.com/littlefield1988/status/356935754624139264
元文くん。君の名前を出して、至らぬ内容のtweetをしたことを反省しています。どうかご寛恕のほどを。
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 こちらこそ鋭い議論のナイフで抉ってしまってごめんなさい。
 何度も書いていますが、私の意見が誤解されて、それが他者の批判につながっていたので反論せざるをえなかったのです。きちんとした理由を提示しないで、他人を侮辱するのは良くないですよね。
 ただし、非を認めることができる人物には敬意を表します。
 非を認めた人物の傷を曝すこともしたくないので、「S意見についての回答(1)~(7)」は未公開化します。

 「S意見についての回答」を長々と書いた理由は、私の意見が誤解されて他者の批判につながっていたことですが、実はもう一つあったのです。その理由をここで曝す意味はなくなったので、メールでsleepysnoopyさんとゆたろ君にだけ教えて、この議論は終わりたいと思います。

 

【追加】

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https://twitter.com/littlefield1988/status/357372837230690305

今回の事で、貴重な休日を使わせてしまった上、結果、記事が非公開になるのは残念だな。少なくとも僕の方に傷があるのは明白なので、その傷自体は曝したままにしておいてほしいんだよね。

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  →ということで、再び公開しました。

 

 以前に、佐伯啓思先生がカラオケ店で話していたことをふと思い出しました。

 確か、「自分が誤解されるのは良いけど、自分の考えが誤解されるのは我慢できない」といったような言葉だったと思います。

 そのときも、それを思い出した今も、まったくその通りだなぁと思うわけです。

 まあ、自分はろくでもない人物ですし、普通ではないと言われるのが普通という人物なので、自分の人格に対する悪口とかは、まぁ、しょうがないかなという気が少しはあります。実際に言われると、怒るかもしれませんが(笑)

 でも、やっぱり、自分の考えが曲解されるのは嫌ですね。

 百歩譲って、自分の考えが誤解されるのは許容するとしても、私の意見を曲解した見解で、他人の評価に影響を与える段階になると、これはやっぱり赦せないわけですな。

 私の意見が誤解されて、他人の評価に影響を与える様な場合には、やっぱり反論せざるをえないわけですね。

 でもなぁ、思想や哲学についての議論って、論理を追求するからなぁ。論理を追求するってのは、はっきり言って、大抵の人は嫌がることなんだよなぁ。
 まあ、でも、しなければならないことはするだけです。

 まあ、そんなところです。

 

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PS.

 今週はずっと出張なので、あんまり更新できない感じです。 

 永井均は、日本の哲学者です。哲学者って、かなり選り好みが分かれますよね。
 例えば、プラトン、マキャヴェリ、ルソー、カント、ヘーゲル、キルケゴール、ニーチェ、ウィトゲンシュタイン、ハイデッガーなどは、かなり選り好みが別れる哲学者だと思う。特に、好きか嫌いかって観点で。
 で、永井均も、かな~り選り好みが分かれますね。
 もし、子供時代に、「何で僕は僕なんだろう?」という疑問を抱いたことがある者は、おそらく永井哲学の魅力を理解できると思います。「えっ? 何言ってるの?」という方は、近づかない方が無難かもしれません。

 注意しておきますが、分からない人は、本当に分からないと思います。

 もし興味があるなら、まずは『〈子ども〉のための哲学』(講談社現代新書)ですね。

 さらに進むなら、『翔太と猫のインサイトの夏休み―哲学的諸問題へのいざない』 (ちくま学芸文庫)ですね。

 天才の狂気を味わいたいなら、『マンガは哲学する』 (岩波現代文庫)や『転校生とブラックジャック――独在性をめぐるセミナー』 (岩波現代文庫)などがあります。

 世界の神秘について、文字通りに徹底的に考えるということの醍醐味を味わうことができます。

 ちなみに、何度も言いますが、分からない人は、本当に分からないと思います。

 

 

『〈子ども〉のための哲学』より 

 自分が自分の世界と自分の生を自分の仕方で理解することができたなら、それだけでいいのだ。むしろ、それだけであるほうがほんとうなのだ。

 

『翔太と猫のインサイトの夏休み』より

 これは色々な意味でいえることなんだけど、ぼくらはね、ぼくらの生きていることの前提になっているさまざまな偶然性を受け入れて、その中で生きるしかないんだよ。それが出発点なんだ。

 

『マンガは哲学する』より

 マンガは子どもが読むものだという通念が、大人が読むマンガの中にまで波及していて、大人の常識に惑わされない問題提起をゆるしているように思われる。たとえばアンデルセンなどの童話が、トルストイやドストエフスキー、夏目漱石や森鴎外などよりもはるかに深く、そして単純な意味で哲学的であるのと似ているだろう。

 

 

  「S意見についての回答(6)」からの続きです。

 

 S氏:誰か、殺す価値もない僕を、それと承知で、殺してください。

 

 知らんがな・・・(´・с_・`)

 

 とりあえず、S氏の天才についての考え方は分かったと思います。
 つまり、天才と言われている人の意見を聞くと、

 (a)知ってた (・ω<)」

 (b)分からない→曲解した馬鹿かもね (・ω<)」

 という理論構造なわけです。すごいですね。この理論構造を、便宜的にS氏理論と呼んでおきます。
 つまり、このS氏理論によると、永井均は天才ではなく「人類史レベルの馬鹿」に見えてしまうわけですね。
 ちなみに、モトはS氏理論でものごとを判断していないので、S氏とは、天才に関して意見の相違が現れてしまうわけですね。

 さて、ここまでで、論点は一応出揃ったと思います。本ゲームの真の目的である、議論の深化は行えたと思います。本議論の経緯、参考になれば嬉しいです。

 それでは、次ぎに、議論の勝敗を決しようと思います。

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 勝者、S氏~!

 敗者、モト~!

 

 というわけで、わたくしモトは敗北してしまいました。残念!

 でも、議論を深める良い機会になったかもしれません。

 

PS.

 なぜ、モトが敗北したのか分からない人のために、一応説明しておきます。
 まず、モトは永井均を天才だと言い、S氏は天才とは思えないと言ったわけです。
 で、モトは見解の違いが生まれるS氏理論は突き止めたのですが、その正体を突き止めただけであり、S氏理論を打ち破ったわけではないので、S氏に永井を天才だと認めさせたわけじゃないんですよね。
 ということで、S氏に永井は天才だと認めさせることに成功しなかったので、モトの敗北となった次第です。

 

 「S意見についての回答(5)」からの続きです。

 S氏は、「大抵の天才たちのアクチュアルと言うよりもエッセンシャルな議論を聞いても、「知ってた」としか思わない。ところで天才なんているのか?」と述べています。

 このS氏の意見から、S氏の天才についての考え方をうかがうことができます。
 正直、これだけの短い文章で、これだけXXXXな意見って、ある意味、はじめて見たかもしれません。
 「アクチュアルと言うよりもエッセンシャルな」って・・・(苦笑)。まあ、ここも突っ込みどころ満載なのですが、細かいところは飛ばして次へいきます。
 S氏が、ここで何を言っているかを、分かりやすく言い直すと、次のようになるわけです。

 

 大抵の天才の議論は、すでに俺は知っていた。
 俺が知っていることしか述べていないようなやつは天才なんかじゃない。
 (俺の知らないことを述べたやつはいなかったから、)天才なんているのか?

 

 いや~、これは、とてつもない態度表明ですよ。
 これが本当なら、S氏こそ正真正銘の天才ですよね。

 すごいですよね。カントやハイデッガーを読んでも、すでに俺は知っていたとか思っちゃったわけですか。ニュートンの古典力学や、アインシュタインの相対性理論を聞いても、すでに俺は知っていたとか思っちゃったわけですよね。すげぇ~なぁ~。

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 ・

 まあ、一応、念のため、S氏が自分が理解できる範囲の枠組みに天才の論理を押し込め、自分の理解の外にある天才の意見は曲解だ~とか言っちゃってる場合も想定しておきましょう。

 この場合、永井哲学への過去にあった批判が参考になるかもしれません。

 永井均の『〈私〉の存在の比類なさ』の「独在性の意味」という論文において、山田友幸氏の批判に答えて、永井が次のように論じています。

 

 
 たとえば『純粋理性批判』の主要な議論を何一つ理解せずに、そのすべてを誤解した上で、時間・空間は客観的実在と考えるのが「きわめて自然な把握」であり、現象と物自体は区別しない「のが穏当である」と結論するカント批判論文を書いた人がいたらどうだろうか。少なくとも私には、ここで山田がやっているのはそのような種類のことであるように思われる。

 

  少なくとも私(モト)には、ここでS氏がやっているのはそのような種類のことであるように思われる。いや、そのレベルにも達していないのかもしれないと思われる。

 

 S意見についての回答(7)へ続く。

 「S意見についての回答(4)」からの続きです。

 S氏は、永井について、「ガキンチョでも直感的に理解していることを、弟子たちに曲解させた「人類史レベルの馬鹿」なのかも知れないぜ。」と述べています。

 この一文には、S氏というよりも、この議論を見てくださる方の参考になる二つの論点があると思います。
 一つ目は、「ガキンチョでも直感的に理解していること」に対する軽視があるように感じられることです。はっきり言っておきますが、子供が直感的に理解していることを、直観ではなく論理的に突き詰めたいという欲求は、めちゃくちゃ重要です。もっと言っておくと、子供が抱く単純な疑問を、徹底的に考えて、直観ではなく、議論を深めて考察していくという営みこそが、思想や哲学を深化させる大いなる原動力となってきたのです。
 例えば、「1+1=2」が何故成り立つのだろう? という素朴な疑問は、空集合の集合が~などの高度な思考を生み、集合論などの数学の基礎理論へと到達することになるのです。
 二つ目は、端的に、他人を侮辱する者には立証責任が伴うということです。S氏は、永井の曲解により、「人類史レベルの馬鹿」なのかも知れないぜと言っています。それなら、S氏には、永井が「人類史レベルの馬鹿」と言えるほどの曲解を犯していることの証明が求められます。ごくごく当たり前の話です。あと、「弟子たち」って、誰を指しているのでしょうか?
 私の見解を述べておくと、S氏が永井の曲解を証明することは不可能だと思います。
 ちなみに、永井哲学を深い部分で理解している者には自明でしょうが、私が書いた『永井均の『悩みのレッスン』で哲学する。』は、永井の独在論の本質的な部分に傷一つ付けていませんから。念のため。

 さて、次は、S氏が天才について論じたところに言及することで、なぜS氏が永井を天才と思えないのかを、構造的に解明していきたいと思います。

 

 S意見についての回答(6)へ続く。

 次は、以下のS意見について、議論を進めます。

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https://twitter.com/littlefield1988/status/355519195754147842

元文君の言うことでわからないのは、永井均の独我論のつまらなさを認めているのに、一方で「人類史レベルの天才」とか言って評価しているところだなあ。あと、彼の西田(幾多郎)哲学の説明を聞いても、とても彼が言うような「人類史レベルの〜」なんて思えないんだよ。(続)

https://twitter.com/littlefield1988/status/355519633425563648

ガキンチョでも直感的に理解していることを、弟子たちに曲解させた「人類史レベルの馬鹿」なのかも知れないぜ。

https://twitter.com/littlefield1988/status/355524273760256000

大抵の天才たちのアクチュアルと言うよりもエッセンシャルな議論を聞いても、「知ってた」としか思わない。ところで天才なんているのか?・・・・・・と自己尊大の病にかかって数十年経ちました。誰か、殺す価値もない僕を、それと承知で、殺してください。

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 正直、これだけ短い文章中に、どれだけの突っ込みどころがあるのか気が遠くなってきたのですが、まあ、気を取り直して論じていきます。

 まず、「永井均の独我論」とありますが、正確には「永井均の独在論」の方が正確です。永井は、独在論において、ユニークな哲学議論を展開しています。

 次ぎに、私が「永井均の独我論のつまらなさを認めている」とS氏は言っていますが、そのようなことはありません。私は、永井均が独我論について論じた部分も、永井均の独在論もたいへん面白いと感じています。私が述べていないことを勝手に述べて、私の論拠に疑問を呈するということは、正直、止めていただきたいです。

 あと、私が永井均を「人類史レベルの天才」と評価しているというところは事実ですが、補足説明をしておきます。私が評価しているのは、永井の学問的な哲学的成果についてです。
 例えば、佐伯啓思氏で言えば、人格的に尊敬していますし、学問的成果について敬意を表しています。
 一方、永井については、人格的には尊敬していませんが、学問的成果については敬意を表しています。永井の哲学における成果が、人類史レベルの天才と評するに値すると考えているわけです。

 ただし、ある人物が天才か否かという問題は、たいへんな問題です。いわゆる天才論とセットにして考えなければなりませんし。
 ですから、私の考える天才論を示し、その天才論によって永井均が如何なる天才かを示すというのも一つの方法ではありますが、それとは違う方法をとります。
 すなわち、S意見における天才論が如何なるものかを示し、そのいかがわしさをあぶり出す戦略を行います。

 その前に、S氏が永井を批判している箇所について論じておきます。

 

 S意見についての回答(5)へ続く。

 

 次は、以下の意見についてですね。

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https://twitter.com/littlefield1988/status/355516867332407300

日本人の一部だけが、思想的に、格別に高い領域に達していたとは思えない。

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 この意見については、思想・哲学的な深化をあまり期待できないと思うので、簡潔に論じます。

 

 まず、私は、「日本人の一部が、思想的に、格別に高い領域に達した」とは考えていますが、「日本人の一部 だけ が、思想的に、格別に高い領域に達していた」と言ったことはありませんし、考えたこともありません。

 例えば、
 古代ギリシャで言えば、ソクラテス・プラトン・アリストテレス、
 中国思想で言えば、孔子・老子・荘子・荀子・孫子、
 インド哲学で言えば、釈迦・龍樹・世親、
 西洋哲学の文脈で言えば、マキャヴェリ・ホッブズ・バーク・オルテガ・
 ホイジンガ・ウィトゲンシュタイン・ニーチェ・マッキンタイア、
 西洋文学で言えば、セルバンテス・チャペック・ドストエフスキー・スウィフト・トールキン、
 などは、間違いなく、思想・哲学的に格別に高い領域に達していたと考えています。
 もちろん、言及していない思想家もまだまだいます。
 私が知らない人物もまだまだいるでしょう。

 なので、このS氏の発言は、端的に、私が言ってもいない発言を捏造し、
 それを批判するという構成を取っており、きわめて悪質だと考えます。

 ちなみに、考えられる反論を2点ほど先に示して、その論理を潰しておきます。

 

<考えられる反論1>
 まず、この意見は私に対してのものではないという可能性です。
 発言の前後関係から、この反論はかなり苦しいと思いますが、仮にこの反論を試みるなら、「日本人の一部だけが、思想的に、格別に高い領域に達していた」と現に述べた人を提示する必要があります。

 

<考えられる反論2>
 次ぎに、この意見は、特定の人物に向けたものではなく、単に事実を述べただけだという反論です。だって、現に、日本人の一部だけが、思想的に、格別に高い領域に達していたわけじゃないじゃないか、というわけです。
 なるほど。では、私が次のように言ったらどうでしょう?

 S氏だけが、思想的に、格別に高い領域に達していたとは思えない。

  もっと分かりやすく、次のようなことを言ったらどうでしょう?

   S氏だけが、中野剛志さんや西部邁さんより思想的に優秀だとは思わない。

 もし私がこのようなことを言ったら、それを聞いた人はどう思うでしょうか?
 S氏本人か、S氏を知る誰かが傲慢な意見を述べて、それに対してモトは反論しているのだなと思うことでしょう。少なくとも、その可能性は排除できないと思います。

 

 S意見について回答することで、議論を深めていきます。

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https://twitter.com/littlefield1988/status/355516453354602498

その「特殊」は「普遍」を背景にしているからこそ意味があるのだ。

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 まずは、この意見についてです。

 この意見は、一件してその通りだと思われるかもしれません。
 確かに、そうです。
 社会通念的な観点からは、その通りです。
 つまり、自分を特別視する立場を放棄し、他者とは異なる自分という存在に関わる性質を剥奪した視点に立つなら、その通りです。
 ある意味で、宗教的な神の視点に立った場合の意見でもあります。

 しかし、この意見に対し、次のような反論が可能です。

 

 えっ? 何を言っているんだい?
 その「普遍」は、この「特殊」を背景にしているからこそ意味があるのだ。

 これは、一瞥して、エゴイズムの一種と見られがちです。
 ですが、いくつかの価値観を包含する意見たり得るのです。

 例えば、だって、現に世界はそう成っているじゃないか、という観点からの意見。
 一段深い立場からの、倫理学における意見、などですね。

 すくなくとも、哲学的には、現象学や実存哲学につながる考え方ではあります。

 ですから、思想や哲学的に理論を深めようとする場合には、このところの差異の扱いには、繊細な注意を必要とするのです。

 少なくとも、偉大な哲学者(例えば、ウィトゲンシュタインやニーチェや西田幾多郎)には、「普遍」を背景にした「特殊」という単一構造を許さない(もっと言うと、許せない)という視点が織り込まれています。なぜなら、現に、世界は、それほど単純じゃないじゃないか、という話です。

 もちろん、そのような単純な世界に安住することは、その人の勝手です。
 ですが、それなら、そういう世界に黙って住んでいれば良いわけで、そのことを語ることは慎むべきです。
 使用するコップを、100円ショップで購入することには何の罪もありません(現に私も100円ショップのコップを使っていますし)。しかし、100円のコップの存在によって、高価で繊細なガラス細工のグラスを否定することは、そういったグラスを愛でる者たちにとっては、野蛮な行為に映ってしまうのです。

 

 ええと、sleepysnoopyさんのTwitterでの意見について答えることで、(それをたたき台にすることで)議論を展開していこうと思います。
 たたき台は、以下の発言ですね。

https://twitter.com/littlefield1988/status/355516453354602498

https://twitter.com/littlefield1988/status/355516867332407300

https://twitter.com/littlefield1988/status/355519195754147842

https://twitter.com/littlefield1988/status/355519633425563648

https://twitter.com/littlefield1988/status/355524273760256000

 議論をはじめる前に、いくつかの注意事項を示しておきます。

・便宜的に、sleepysnoopyさんをS氏、sleepysnoopyさんがTwitterで発言している内容をS意見として論じていきます。

・本ゲームの目的は、議論を深めることです。よって、相手の意見を論破することや、自説を相手に認めさせることなどは、二次的な価値しか持ちません。

・本ゲームにおいて、管理人モトはフェア・プレイを心掛けます。すなわち、S氏を含めた他者の意見に対し、その論理が正しければ、モトの意見を撤回したり修正したりします。ただし、相手プレイヤーがフェア・プレイを行うことは想定していません。

・本ゲームでのモト側の意見は、必要なことだけを端的に示します。よって、鋭いナイフで抉るような意見になるかもしれませんが、悪意などは皆無です。オブラートに包んだような意見は、議論のスピードダウンにつながるので行いません。

 

 では、続きます。

 

 ランキングは、「哲学・思想」で66位になりました。やったね。

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芸術・人文 704 位 / 3550人中
 ┗人文 387 位 / 1770人中
    ┗哲学・思想(割振率:100%) 66 位 / 387人中
 総合ランキング 17680 位 / 991718人中
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 東野圭吾の推理小説。ガリレオシリーズの『真夏の方程式』を見てきました。
 大混雑で、残り3席しか空いていなくて、一緒に見にいった女性と別々の席になってしまった。くそう。
 内容は、予想以上に面白かったです。湯川博士がテレビ版に比べて優しく感じられました。あれかな。ジャイアンやのび太が映画版だと格好良くなる現象と同じことがおきたのかな?
 トリックそのものよりも、人間関係の妙が良かったです。しかし、正式な仕事の依頼をほっぽって、子供とペットボトルロケットをする湯川博士は萌えですな。小学生に、高校物理レベルの数式を渡すのも萌え。これって、理系萌え?

 ある方から、sleepysnoopyさんのTwitterでつぶやいている意見を教えてもらった。
 (Twitterやってないんで・・・)

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https://twitter.com/littlefield1988/status/355516453354602498

その「特殊」は「普遍」を背景にしているからこそ意味があるのだ。

https://twitter.com/littlefield1988/status/355516867332407300

日本人の一部だけが、思想的に、格別に高い領域に達していたとは思えない。

https://twitter.com/littlefield1988/status/355519195754147842

元文君の言うことでわからないのは、永井均の独我論のつまらなさを認めているのに、一方で「人類史レベルの天才」とか言って評価しているところだなあ。あと、彼の西田(幾多郎)哲学の説明を聞いても、とても彼が言うような「人類史レベルの〜」なんて思えないんだよ。(続)

https://twitter.com/littlefield1988/status/355519633425563648

ガキンチョでも直感的に理解していることを、弟子たちに曲解させた「人類史レベルの馬鹿」なのかも知れないぜ。

https://twitter.com/littlefield1988/status/355524273760256000

大抵の天才たちのアクチュアルと言うよりもエッセンシャルな議論を聞いても、「知ってた」としか思わない。ところで天才なんているのか?・・・・・・と自己尊大の病にかかって数十年経ちました。誰か、殺す価値もない僕を、それと承知で、殺してください。

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 う~ん。まあ、反論できるんですけどね。でも、問題が二つあって、一つは論理的に反論してしまうと、鋭いナイフで抉るような回答になってしまうということ。もう一つは、本ホームページにコメントやメールせずに、Twitterでつぶやいた意見にいちいち反論するのもどうだろ?ってことですね。

 まあ、私だけの話なら無視でも良いのですが、永井均さんをどう理解するかの良い試金石にもなるので、sleepysnoopyさん宛というより、本ホームページを見てくださる方の理解のためにも、この意見をたたき台にして、議論を展開するのは有意義かなと判断します。

 なので、ちょっと、これらの意見について、追って回答します。

 今から出かけるので、近いうちにってことですけどね。

 

 今のランキングは、以下の通りです。

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芸術・人文:1235位 / 3543人中
 ┗人文:635位 / 1757人中
    ┗哲学・思想(割振率:100%):92位 / 384人中
総合ランキング:29114位 / 991369人中
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 「哲学・思想」で、92位まで来ましたな。
 とりあえず、目標は50位以内に入るってことで。

 今日は、梅田周辺で遊ぶぞ~。

 人気ブログランキングに登録して2時間くらいだけど、なんかもう結果が出てる。
 早いなぁ。
 「1日1回チャレンジ! ポイントルーレット」で良い点数が出たので、いきなり、「哲学・思想」では150位 / 386人中という結果に。こんなんで良いのだろうか・・・。

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芸術・人文:1953位 / 3628人中
 ┗人文:1018位 / 1801人中
    ┗哲学・思想(割振率:100%):150位 / 386人中
総合ランキング:42394位 / 991270人中****************************************************************

 LINKに、本ホームページのバナーを追加してみました。

 ↓のような感じです。

≪ 『日本式論』用バナー ≫

・マイクロバー(国際標準)[88px×31px]
  

・ローカルバナー(日本独自に普及)[200px×40px]
  

・ハーフバナー[234px×60px]
  

・フルバナー(国際標準)[468px×60px]
  

 といあえず、代表的なサイズで作ってみました。

 VISIOで作成したわけです。

 本ホームページの名前は『日本式論』なので、日本国旗は入れたいと考えてみました。

 日の丸の様式は正式にしています。
 国旗のサイズは、縦1に対して横のサイズは1.5ですね。
 日の丸は、縦1の3/5ですね。

 色は、白地に、もちろん紅色の丸。

・紅色[べにいろ,red,RGB:219,0,21,DB0015]

 その下の図は、サイズは国旗と同じにし、
 黒地に白い二等辺三角形で道を表現。
 日の丸と合わせて、
 地平線へとまっすぐに向かっている道をイメージ

 一番外側は、秘色です。ボタンっぽくするため、光の調整をしているので、ほとんど分からなくなっていますが(笑)

・秘色[ひそく,RGB:188,200,219,BCC8DB]

 右側の文字のところの下地は、黒ではなく墨色です。

・墨色[すみいろ,RGB:51,51,51,333333]

 文字の「日本式論」は、祥南行書体です。
 江戸勘亭流とどちらにしようか悩んだけど、祥南行書体にしました。
 祥南行書体かっこいい!
 文字の色は、桜色です。

・桜色[さくらいろ,cherry blossoms,RGB:242,216,223,F2D8DF]

 文字の上下の棒は、上が空色で、下が水色です。

・空色[そらいろ,sky,blue,RGB:144,215,236,90D7EC]
・水色[みずいろ,light blue,RGB:175,223,228,AFDFE4]

 その下の丸は、若草色と草色が交互ですね。

・若草色[わかくさいろ,RGB:149,255,101,95FF65]
・草色[くさいろ,grass green,RGB:88,191,63,58BF3F]

 よろしかったら、使ってみてください。

 

 

 

 

 人気ブログランキングに登録してみました。
 ↓のような感じです。

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 現在は、以下の通りですね。この先、どうなることやら・・・。

芸術・人文:?位 / 3606人中
  ┗人文:?位 / 1789人中
     ┗哲学・思想(割振率:100%):?位 / 385人中
総合ランキング:?位 / 991247人中

 とりあえず、割り振りは、「哲学・思想」に全部ぶっ込みました。

 

 本HP『日本式論』では、けっこういろんなテーマについて論じています。
 今現在、興味あるテーマは、エコノミクスとしての経済学ですね。今になって経済学を論じようとしているということは、逆に言えば、私の中で経済学の興味は薄かったということですね(笑)
 なぜ興味が薄かったかというと、信頼できる論者がいたからですね。信頼できる論者がいない分野ですと、自分が納得できる既存の思想がないため、自分で頑張って考えなきゃいけなくなるので、そっちの方面の優先度が上がるわけです。
 例えば、思想ですね。思想については、保守思想を論じている方々にかなりの説得力を感じていたのですが、やっぱり何か違和感があったんですよね。だから、自分で納得できる思想として、『日本式 正道論』を書いて、『保守主義への挑戦状』も書いたわけです。政治についても、違和感ありまくりだったわけです。特に政治制度についてですね。そのため、『政治制度論』を書いたわけです。自由についても、世の中の自由論にまったくもって納得できなかったので、『日本式 自由論』を書いたわけですね。
 で、経済学の話に戻りますが、私が勉強して向かっていく方向は、だいたいは分かっているのです。今現在、私が大枠で同意できる考えは、以下のような構成になっています。

短期・中期的 → 三橋貴明さんの考え方を参考にする。
中期・長期的 → 柴山桂太さんの考え方を参考にする。
長期・超長期的 → 佐伯啓思さんの考え方を参考にする。

 まあ、これらの論者の意見を統合して考えていくことになるわけです。なので、私が改めて色々と考える必要性は低いのです。
 ただし、この三者の考え方に全面的に同意しているわけでもなく、少しばかりは違和感があるので、そこらへんを修正してまとめられたらなぁ、と考えている次第です。でも、下手したらそのまんまになるかもしれませんが、それはそれで良いのです。何か新しい学説を作るのが目的ではなく、自分が納得できる考え方に至れればそれで良いと考えているわけですから。

PS.
 えっ? 『名も無き歌』『聖魔書』はどうなんだって?
 申し訳ありません。書く気はあるので、気長にお待ちください。

 岡山の倉敷へ行って戻ってきた。
 一日で往復できる微妙な距離なのが、逆に大変なのだ。
 来週も出張が多くて、夏ばてにならないように頑張ろう。
 国際主義とは、各国は、各国ごとの独自な文化をお互いに尊重しようね、という考え方のことです。
 でも、国際主義者どうしでも、けっこう考え方に隔たりがあります。ですから、国際主義者どうしで討論する場合にも、相手がどのような考え方を持っているかに応じて、論理の方向性を変える必要があります。
 例えば、日本の場合で考えてみます。日本人に合った日本らしさを採用すべきだという考え方と、日本は普遍的なことを取り入れるべきだという考え方があります。まあ、ある種の正解を言ってしまうと、両方をバランス良く行っていけば良いだけの話ですよね。でも、状況や論者によって、どちらかに比重が偏る場合があります。そうしたとき、どうすれば良いか?
 日本らしさを追及する相手の場合には、基準は日本の歴史や伝統になります。その基準によって、相手の論理を崩すことができるわけです。日本人の気質に合っているとか、そういう意見も有効な根拠の一つになるのです。
 それに対し、普遍性を追求する相手の場合には、基準は普遍性になります。相手の普遍性に対して有効な反論を提示することで、相手の論理を崩すことができるわけです。日本人らしさを武器とする場合には、その特殊な考え方を組み込むことによる普遍的な有用性といった観点から説得する必要があるわけです。単に、日本人の好みに合っているとかでは通じないわけですね。
 こういった思考の切り替え方は、けっこう重要だと思います。
 出張から帰ってきました。東京は暑かった・・・。
 結局、予定にあった名古屋には行けなかった。残念。
 明日は、岡山に出張です。出張が続くと、けっこう体に負担がかかるので気をつけようっと。
 明日から出張です。
 本当は名古屋へ出張だったんですけど、予定が変わって東京へ出張になりました。
 その後に名古屋へ、その後に岡山へ。
 ということで、今週は出張だらけです。
 なので、今週はほとんど更新できなさそうですな。

 普遍と特殊の問題って、意外とめんどくさかったりすると思うんだ。

 例えば、日本人の場合で考えてみるけど、
 日本の思想に惹かれる場合もあれば、
 普遍的な真理に惹かれる場合もあれば、
 イギリス流の思想に惹かれる場合もあれば、
 フランス流の思想に惹かれる場合もあれば、
 アメリカ流の思想に惹かれる場合もあれば、
 マルクス主義に惹かれる場合もあれば、
 主体思想に惹かれる場合もあるわけですよね。

 分かりやすくするために極論を出せば、
 日本人なんだから日本の思想に惹かれるべきだとか、
 どんな思想に惹かれたって良いじゃないとか、
 そういう考え方がありますよね。
 前者は排外主義で、
 後者は一見して相対主義に見えるけど、その実は自由主義の一種ですね。

 まあ、私はこの両極端はダメだと思うわけです。
 私は日本の思想を紹介しているホームページを運営していますけど、
 その思想を他人に強要しようとは思わないわけですね。

 となると、どの程度のレベルで考えて行動するのかという視点が必要になりますよね。
 上で述べた例で言うと、アメリカ流の思想まではOKだけど、マルクス主義や主体思想はさすがに許せないとかですね。
 そうすると、その線引きはどうやってなされるかという問題が出て来るわけですよ。
 無理矢理、その線引きの基準を定義したとしても、その基準そのものは、どうやって正当化されるのかという問題が発生してしまって、さらに、その基準の基準は何なんだという風に、根拠を問う議論は無限に続いていってしまうことが予想できてしまうわけです。

 その基準を問う循環の迷路があるわけですが、ハイデガーなんかは、『存在と時間』の中で、〈決定的に重要なことは、循環のなかから脱けだすことではなく、まともな仕方でそのなかへ入りこむことである〉と述べています。

 まあ、ある意味で、人間はそれぞれが、自分勝手に自分の責任において、みずからの思想をもって、他人に対峙しているということです。そのため。各人は友達になったり、敵同士になって戦ったりするわけですね。

 世界は、そういった循環構造があり、便利な一意の解答に到達できるほど単純ではないということなんですね。その世界の豊饒性について、面白いと思うかどうかも、人それぞれですけどね。
 私は、このことは、世界を楽しむための前提条件だと考えていますけどね。

 『ECONOMICS雑考』に、フランソワ・ケネー『経済表』を追加しました。

 経済学は、まだまだ勉強中なので、間違いや反論・異論などがありましたら、コメントやメールで指摘をお願いします。

 まあ、まずは、アダム・スミスに行く前に、ケネーから入ってみました。他の経済学者の著作についても、いくつか論じてみたいものがるので、書いたらアップしていきます。気長にお待ちください。

 う~む。自分で言うのもなんですが、管理人モトが考えていることって、あさっての方向へ突っ走っている気がします。さすが自称・孤高の思想家だな。実際のところは、ひとりぼっちの思想家だろ、とノリツッコミをしてみる。

 それで今回は、保守主義について、ちょっと考えてみたりしたのです。もう少し煮詰まったら、『保守主義への挑戦状』に論文として追加するかもしれないし、しないかもしれない。
 保守主義って、簡単に言うと以下のような構成になると思うんですよ。

 

 保守主義 = バーク由来のイギリス流の考え方 + 国際主義

 

 この考え方を基に、現代日本の保守論客について少し考えてみたいのです。例えば、西部邁さんや、佐伯啓思さんや、中野剛志さんなどですね。これらの超一流の人物と、管理人モトを同じ土台で論じようとしているので、不敬罪に相当しますな(笑)
 これらの人物って、次のような関係が成り立っていると思うんですよ。


<非日本的>

|中野剛志(=保守主義者?)
| → 日本的なものに無関心
| → 普遍的な真理に関心
| → でも普遍主義でなく国際主義

|西部邁(=保守主義者)
| → 国際主義
| → イギリス流の保守思想を日本へ根付かせる

|佐伯啓思(=保守主義者)
| → 国際主義
| → まず西欧的なものの探求
| → 後に日本的なものを探求

|モト(≠保守主義者)
| → 日本的なものに関心
| → 日本の伝統的な世界観に立脚(国際主義とほぼ同じ)

<日本的>


 あえて各論者の共通点を挙げれば、国際主義(インターナショナリズム)に立っている点は同じだと言えそうです。国際主義っていうのは、各国は、各国ごとの独自な文化を持っており、お互いにそれを尊重しようという考え方のことですね。でも、そこから目指すべきものについては、けっこう個人差がありますよね。
 私が特に注意して論じたいところは、バーク由来のイギリス流の考え方を、日本に導入することの是非についてです。まあ、私自身の考え方は、本HP内で示しています。ざっくり言うと、バークの考えで良い部分というのは、すでに日本思想の中にあるものだし、バークの考えでおかしなところは、受け入れないってだけの話なんですけどね。
 バーク由来のイギリス流の考え方に対し、どのような態度を取るかによって、保守主義者か否かが分かれるところだと思うんですよね。

※ 間違いや反論や異論がある場合は、ご指摘くださると助かります。論破されれば謹んで訂正させていただきます。

 岡山の出張から帰ってきました。疲れた。
 工場などの現場の高齢化は深刻な問題ですな。若手を正社員としてやとって、育成してほしいな。
 返ってきたら、ジブリの『耳をすませば』がやっているじゃないか。
 なつかしいなぁ。俺が中学のときだったよなぁ。

 エピクロスは、エピキュリアンじゃないよね。

 マキャベリは、マキャベリストじゃないよね。

 ケインズは、ケインジアンじゃないよね。

 

 偉大な思想家は、その思想が単純化されてしまうのだね(´・ω・`)

 

 明日も、岡山に出張。昨日とは違う場所だけど。戻りはたぶん明後日なんだな。

 人生には色々なことがあります。
 出会いがあれば、別れもある。
 みんなそれぞれ、それぞれの人生を歩んで行くのです。
 そんな、しんみりした感じの夜。

徒然

| コメント(2) | トラックバック(0)

 経済学の法則って、いろいろとひどいね・・・。
 ハイエクはハイエキアンだけど、ケインズは単純なケインジアンじゃないよね。

 明日は、岡山に出張です。

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