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2014年8月アーカイブ

 休みですが、疲労困憊です(笑)

 それは、24時間テレビをずっと見ていたからです。

 ウソです(笑)

 たまにテレビは付けていましたが、ほとんど見れなかったです。

 去年の24時間テレビのときは、出張で佐世保にいたなぁ・・・。

 あれから一年かぁ・・・。


 この二日の休みは、

・本を読む

・本の記述をまとめる

・文章を書く

 ということしかしていませんでした。

 ひたすら、それをやり続ける。

 疲れました・・・。

 なぜ、こんなにも疲れることをしないといけないのだろうか・・・?

 たんに友達をなくすだけの文章を、自分の貴重な休みを削って延々と書く。

 自分でいうのも何ですが、異常者だなぁ・・・。


 その文章については、そのうち公開します。


 昨日、久しぶりに大量に本を買いました。一万円くらい。物理的に重いよ。


 書くつもりのなかった論稿について、ちょっと思うところがあって、参考となる本を買ったのです。

 ひたすらに読みまくる。読みまくるほどに、自分の内部に炎が燃え上がって来るのを感じる。

 ただし、そこには利はないのです。

 決定的に利はないなぁ。びっくりするくらい。

 でも、義はあるみたいだ。

 だから、書くとしたら、それは利のない義のため。


 それは、公式には誰も同意してくれない戦い。

 それなら、自分だけが分かっていればよいという話になるのでは?

 ある意味で、それはそうだと思う。

 でも・・・。



私「今回の案件に関わらず、自動化には起こりうる事態の洗い出しが必要なわけです。」

客「そんなこと言っても、こういったタイプの自動化ははじめてだし、それが最善ではないかもしれないわけで、そこを心配しているのですよ。」

私「ですから、改善後の運営ではなく、現場の、現在のありのままの運営を教えていただければそれで構わないわけです。」

客「クスクスクス。」

私「・・・・・・もしかして、アナと雪のですか? ありのままって、普通の日本語なのですが・・・。」

客「ごめん、小さい子いるから、どうしてもね。」

私「なんか、私がすべったみたいになってません?」

客「ギャハハハハハ」

私「・・・・・・。」


 昨日は、仕事で神戸日帰り。

 仕事後に、東京からきたKさんとASREADの中田さんと飲んでいました。

 一次会 → 二次会 → 公園 → 帰ったら夜中の2時前とか・・・。

 学生のノリですな。いい年なのにね。

 深夜の公園で遊具にもたれかかって延々と語り合うってのは、味わい深いものがありますな。

 そのせいで、今日は眠かったです(笑)

 そりゃあ、そうですわな。

 同じ志向性を持つ者同士で飲むってのは、けっこう貴重な経験だと思う。


 今日は、お仕事で京都に行ってきました。

 京都駅も、けっこう変わっていましたね。

 外国人の観光客がいっぱいいました。


 仕事なので、京都駅に到着 → タクシー → 客先でお仕事 → タクシー → 京都駅というスケジュールです。観光したかった・・・。


 京都は好きなので、もうそろそろ秋なので、紅葉とかゆっくりと見に行きたいなぁ。


 『新約聖書』には、四つの福音書があります。

 福音書は、イエスの言動を伝えています。

 イエスその人が、十字架上の死から復活したことは有名ですが、イエスが他人を死から甦らせたことも注目に値すると思います。

 イエスが死者を生き返らせたのは、ヤイロの娘とラザロの2回です。ヤイロの娘は、マタイ・マルコ・ルカによる福音書に出てきます。マタイでは指導者の娘と呼ばれていますが、ヤイロの娘と同一人物でしょう。ラザロは、ヨハネによる福音書に出てきます。

 宗教学的には、死の超克は一つの大きなテーマになりますし、アピールポイントにもなります。

 しかし、それを思想的に考えた場合は、また違った考察が必要です。

 思想的には、宗教上における死の超克は、死の分離として捉えることが可能になります。

 つまり、死は「死」と〈死〉へと分割して考える必要があるのです。

 「死」は、復活可能な死として。

 そして〈死〉は、宗教的な復活をすら拒む死として。

 ここにおいて、思想上における死論によって、宗教学的な意味での死の超克へのXXが可能になります。


 なんてことを、『名も無き歌』の第3章を書きながら考えていたりします。


 ソクラテスとイエス・キリストは、二人とも死刑になりました。

 でも、そこにある思想はまったく違うものですね。


 ソクラテスもイエスも、自身では著作を残していません。

 そのため、弟子の残した本から彼らの思想を推測するしかありません。

 細かいことを色々といってもしょうがないので、簡単に参考文献を紹介しておきます。


 まずはソクラテスは、プラトンの『ソクラテスの弁明』と『クリトン』を読むのが良いでしょう。

 岩波文庫から出ているし、他の出版社からもいろいろと出ています。


 イエスの方は、『新約聖書』の4福音書ですね。私は「新共同訳」のやつを読んでいますが、これもたくさんあるのでお好きなものをどうぞ。ネットでもけっこう読めますね。

 4福音書の中の『マタイによる福音書』には、次のようなイエスの台詞があります。


 わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。わたしは敵対させるために来たからである。


 わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである。


 すごい台詞ですよね。

 この台詞を、どうとらえたら良いのでしょうかね。

 日本の平和主義者が、こういうところに抗議しないのはいただけませんね(笑)


 昨日も飲み会。今日も飲み会。

 飲み会では、お酒を飲みます。

 話します。

 疲れます。

 寝ます。

 おやすみ。


 大分の出張から帰ってきました。

 本当は昨日の夜遅くに帰ってきていたのですが、あまりに疲れていたので更新せずに睡眠 z z z。

 やっぱり、お盆の前後は暑いしたいへんです。

 夏場の工場に、長袖長ズボンの作業着でヘルメット・安全靴のフル装備で朝から晩まで張り付いているのはきついっす。きついけど、仕事だから頑張るっす。

 暑いとカロリーの消費量がすごいですよね。

 朝と昼に、バカみたいに食べておかないと持たないですからね。きちんと食べておけば、それなりに持ちますね。

 あとは水分ですね。500mlのペットボトルをガバガバ飲んで水分補給です。疲れてきたら、栄養補給系の飲み物ですね。そういうのを飲んでいると、人間ってロボットだなぁって感じになりますね。燃料がないと動けないし。

 帰りの新幹線でも、パソコンを開いて文章を作成。時間は無駄にはできないですからね。


 さて、今から大分へ出張に行ってきます。

 今日は、前日移動ですけどね。新幹線の席は取れるかなぁ・・・。

 いつまで出張になるか分かりませんが、帰ってきたらまた更新します。

 出張先で更新できるようなら更新しますが、無理ならしないです。

 それでは。


 昨日は、梅田で遊んでいました。

 私はフェミニストではないので、男女差って普通にあると思っています。

 もちろん、男の中に男性性と女性性がありますし、女の中にも男性性と女性性があります。

 要は、その比率が男女差で誤差として無視できないレベルで存在しているということです。

 それは、身体的特徴や精神的特徴によって、文化的差異や動物的差異として生じるわけですね。

 簡単に言うと、男と女では脳構造に明確な差異があるわけですから、男と女は違いがあると認識しておくべきだという話です。


 そこで、男性と女性が会話をするというとき、そこにはすれ違いが生まれる恐れがあるわけです。もちろん、同性同士でもすれ違いは生まれますから、無視できないレベルで男女差によるすれ違いが見られることがあるよ、ということです。

 そこで、男が女性性を持っている、もしくは理解しているということが重要になってくるわけです。これは、女が男性性を持っている、もしくは理解しているということが重要なのと同位です。

 そういった異性性というのは、先天的なものもありますが、後天的に育まれるものでもあります。

 そのような異性性を考慮することで、異性間の付き合いが潤滑にいく可能性があるのかもしれません。


 さて、グダグダと変なことを述べてきましたが、何が言いたいかというと、頭の良い女性と話をすることは楽しいということです。単に学校の勉強ができるということとは別に、世の中に通じているという意味での賢さのことです。

 頭の良い女性と話していると、男女差による差異が、不快ではなく興味深い事象として現れてくるのです。それはきっと、素敵なことだと思うのです。



 本日は、終戦記念日です。

 終戦を記念する日っていうのが、ちょっと引っかかりますが、まずは黙祷。

 以下、適当にいくつかのテーマを。


(1)マスメディアと議論

 朝日新聞の慰安婦問題が捏造だったことも広まってきて、マスメディアの勢力も変わってくるのかなぁ。現在の日本においては、マスメディアの問題が非常にでかいと思うわけです。マスメディア上で、まともな議論がなされていないからです。

 どのメディアも、もう方向性というか結論が決まっているわけですよ。

 なにが正しいのかというより、元からあるイデオロギーに沿って、無理矢理正しいことにしてしまっているのですよね。議論によって、意見を正しい方へ修正していくという姿勢が感じられないのです。

 まあ、そんな状況は嫌なので、とりあえず私は、私だけ勝手に、正しさを追究していこうと思っているわけです。そんなわけで、本ウェブサイトには、けっこうな論文を載せていますが、反論がある場合は教えてください。論破されたら、修正しますので。


(2)消費税増税の影響

 消費税増税の影響が、予想よりもかなりひどい状況ですね。財布の中に1円玉が溜まるので、5%に戻してほしいものです。10%にするとかはダメです。

 しかし、経済学って、調べれば調べるほど変な学問ですね。経世済民ではなく、エコノミクスの方ね。経済学部とか選ばなくてよかった。経済学部にする可能性も、ちょっとあったのですよね。

 まあ、私が経済学部にいったら、最低限の単位だけ取って、哲学書とか読みふけってるのは変わらないから、あんまり被害はなかったとは思いますが(笑)


(3)文章を書いています

 この連休も、けっこう文章を書いています。当分、公開するつもりのないやつばかりですが。

 文章ばかり書いていると、精神的にまいってきますね。気分転換も必要ですよね。

 いろいろと考えて、ウガーってなってしまいますが、ウガーってなったらなったで、ウガーって言いながら書き進めるのです。なんのこっちゃ(笑)

 まあ、変なテンションになっちゃうってことです。

 休憩しながら、頑張ります(笑)。


 

 最近というか、生きてきた過程で、どんどん物欲がなくなってきました。

 さすがに、まずいと思ったり(笑)


 昨日は三宮に行ったのですが、街をぶらつくと色々なお店があるわけです。

 でも、ほしいという欲求がほとんど沸かないのです。


 その中でも、本は割とほしいのですが、物欲というより知識欲ですしね。

 三宮のジュンク堂書店にも行って、大きくて楽しかったのですが、特に何も買わず。

 さすがに、今まで本を買いまくってきたので、買いたい本も少なくなってきた感じですね。

 もちろん、贔屓の作家の本は、出たら買いますけどね。


 物欲がないってのは、一見して良いことのような気もしますが、きっとあまり良いことでもないとも思うのです。

 まあ、物欲はなくても、仕事は頑張るので、そういった面での心配はないわけですが。

 だとすると、物欲がないと何が困るのだろうか?

 これは考えるに値するテーマのような気もしますが、それよりも考えるべきテーマがいっぱいあるので、とりあえず考えずに放置しておきます(笑)。

 

  さて、今日は知り合いがまったくいない飲み会に参加してきました(笑)

 まあ、なんとかなるものですね。


 私のASREADの記事を知っている方も何名かいて、驚きました。

 まあ、私の記事はどうでもよいのですが、ASREADを読んでくれている人がいるのは嬉しいですね。


 ある方から、味方を増やすようにしたほうが良いとアドバイスをもらいました。

 そのアドバイス自体は、まったくその通りだと思います。

 ただ、今の私は、味方を増やすということに何ら魅力を感じないのですよね。

 我ながら、困ったものです。

 味方を増やすということを思想的に考えると、思想的に微妙な相違点にこだわるよりも、思想における最大公約数を広く確保しておくことが必要になってくるわけです。

 ですが、今の私って、思想的な深みに触れることにしか興味を持てないのですよね。

 ですから、味方を増やそうって、ぜんぜん思えない心理状態なのです。

 我ながら、困ったものです。


 あと、私に対する誤解もあったので、念のため述べておきます。

 私は、言論においては完全な素人です。

 専門的な教育は何一つ受けていません。

 そもそも、理系の会社員で、技術系でかなり忙しく仕事しています。

 仕事が終わったあとの少ない時間や、休みの合間に文書を書いているに過ぎません。

 それで、なぜあの分量を書けるかというと、単純に人間の生活をしていないだけです。

 良い子は、マネしないように(笑)


徒然

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 今日は、本屋で本を三冊買い、フィットネスで汗を流し、文章を書いたり、いろいろと動いていました。

 明日は、なぜか三宮で飲み会です。誘ってきた人が来るものと思っていたのですが、来ないようなので、知り合いがいない中に飛び込むことになりました。まあ、なるようになるよね。

 長期休みなので、TSUTAYAでDVDを借りてきたのですが、なかなか見る時間が取れません。社会人になると、本当に時間との勝負になりますね。時間は大事です。



 朝日新聞は、2014年8月5日と6日の朝刊に特集「慰安婦問題を考える」を掲載しました。これを受けて、産経新聞は朝日新聞への攻撃を強めています。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140809/plc14080907000002-n1.htm


 この問題については、朝日新聞は卑劣だとしか言いようがないので、産経新聞には徹底的に追求してほしいものです。
 ですが、産経新聞も同じような卑劣をしているのではないかという疑惑をもたれる可能性があります。
 私は産経新聞社からの訂正依頼について戦略的に考えるで、次のように書いています。


 仮に、私が移民国家化を企んでいるとしましょう。その場合、私なら事実を曲げて報じるなどという下策を採用することはありえません。あくまでも事実を恣意的に利用して、読者が移民反対に向かわないように誘導する作戦を取るでしょう。その上で、私は事実を曲げるような人間ではないと言い張るでしょう。


 産経新聞には、特に慰安婦問題などでは朝日新聞の非を明らかにしてほしいものです。そのためには、産経新聞自身はまともだと思われていることが重要なのではないですか?
 お前も同類だろと言われるようでは、目も当てられませんよ?


 長期休暇の人も多いと思いますが、台風の影響で予定が狂ったりしますよね。

 私の予定も少し狂ったり、そうでもなかったり(←どっちだ!)


 昨日は、原因不明の頭痛に悩まされていましたが、いっぱい寝て直しました。

 最近、頭痛が多いような気がする。食べ物とか、ちょっと時間の経ったものを採るとなったりする。そこらへん、あんがい弱いんでね。


 長期休みには、読みたい本を読んだり、執筆活動に励んだりするのです。

 我ながら、長期休みくらいは休めばよいのにと思うのですが、普段は仕事しているので、書きたいことが書けないわけです。ですから、長期休暇に書きたいものを書くわけですね。


 最近は、大きなテーマをアップしていませんが、裏では小説を書き進めているわけです。小説は、やはりなかなかに大変です。大変ではありますが、頑張るしかないので頑張ります。書きたいテーマなので、頑張って書くしかないのです。

 現在、釈迦や孔子やソクラテスやイエスとなぐり合っています。

 そりゃあもう、マジのド突き合いです。

 やつらは、やはりなかなかやりよるわけです。

 こちらのHPもドンドン減っていくのですが、そんなときは一旦退却して回復して、再びなぐり合うのです。

 『名も無き歌』の第3章ですね。

 今年中に、第3章までは終わらせたい...。

 そして、第4章、第5章まで突き進みたい。

 とりあえず、小説『名も無き歌』を書ききりたい。

 これを書ききれば、本当に本当に書きたいテーマはだいたい終わるのです。

 それが終われば、気楽に論じられるテーマとか書いていきたい。

 でも、まずは小説ですね。



 訂正依頼には、〈「パワハラを受ければ、事実を曲げて書いてしまう人間だ」との誤解もブログ読者に与えかねません〉との記載があります。
 これを見て、はあ? と思ってしまいました。
 そもそも、事実を曲げることが悪いと言っていたのではないからです。問題は、〈全発言の中で、何故、当該部分のみを報道したのか?〉という点にあるのです。ですから、事実を曲げるとの誤解を訂正しろと言われて、それを訂正してしまったとき、かなりまずい状況が発生する恐れがあるのです。
 つまり、読者が勘違いしてしまう可能性です。認識不足から事実を曲げたと怒っていたけど、きちんと説明して訂正されたということは、この問題はそういうことだったんだ、と読者が思ってしまう可能性です。これは、非常にまずいわけです。
 ですから、きちんと論点をおさらいして読者に示しておく必要があったのです。



 7月29日に来た「正論」編集長からの訂正依頼には、次のようにあります。

http://asread.info/archives/932/3

> 開催経緯については先生方への小島の対応が産経新聞社の対応であり、
> ≪産経新聞社と雑誌『正論』編集部の対応が極めて対照的≫との記述は
>  妥当性がありません。


 ちなみに、私の産経新聞社からの回答書について論理的に考えるという記事は7月15日に公開されています。そこでは、〈この回答書は、産経新聞社の雑誌「正論」編集長から来ています。ですから、ここで示されている言論活動の基準は、産経新聞社および雑誌「正論」の公式見解と見なせます〉と述べていますから。念のため。
 これは、私は人情よりも義理を重視して戦略を練っていたからなのですね。
 身も蓋も無い言い方をしてしまうと、人情面から何かを言ってしまうと、そこに付け込まれる隙が生まれることがあるということです。人情は、人情が通じる相手には構わないでしょう。しかし、人情が通じない相手に人情で話をすることは危険なのです。
 ここ、かなり重要なポイントですよ。



 議論をする上で、義理と人情の関係についてはよくよく考えておくべきです。義理は筋を通すということですから、感情面より論理面を重視します。人情では、論理面より感情面が全面に出がちですね。
 結論から言ってしまうと、義理も人情も大事だという当たり前の話です。しかし、問題はそこにズレがあることなのです。人情に偏ってしまうと、だって可愛そうだろとか、この怒りをどうしてくれるんだといった意見になってしまいます。ですから、やはり、義理と人情を秤(はかり)にかければ、義理の方が重たいと言わざるをえないと思うのです。
 高度な戦略においては、義理によって攻める場合と、人情によって攻める場合の両方ともにやるのが理想的なのかもしれません。ただし、そのときは戦略的に捨て駒という選択肢が必要になります。この議論は公論なのだから、自分が捨て駒になるといった人がいないと、ここまで高度な戦略は取りづらいのかもしれません。



 戦略的に考える上で、感情論に流されないようにすることは重要です。そのためには、自分自身が感情的にならないようにすることはもちろんですが、感情的な非難をあらかじめ封じておくことも作戦の内です。

 文章中に、「意見がある場合は公論に基づいた形でお願いします」という文言を組み込んでおくことも大切です。感情論を言ってこられたら、それは公論ではなく私論だろと言い返すこともできますしね。


 

産経新聞社からの訂正依頼について戦略的に考える】を参照ください。


第8回分の訂正依頼については、「パワーハラスメント」という言葉の削除のみです。ですから注目すべきは、第6回分の訂正依頼になります。この訂正依頼は、21日後に出してくるには不自然すぎます。少なくとも、回答書の時点で言えばよかった話です。
 ですから、産経新聞は何かを企んでいるんだと言いたいところですが、ぐっと我慢しましょう。企んでいるとか断定的に書いてしまうと、そんなことはない、訂正しろと言われてしまうのがオチです。
 ここは落ち着いて、この訂正依頼にこめられた意味を推測し、こちらの不利にならないように考えておく必要があるのです。


 青木先生がASREADに、

 キタ━━゚+.ヽ(≧▽≦)ノ.+゚━━ ッ !!!

 【経済社会学のすゝめ】見るべし。

 『経済学とはなんだろうか -現実との対話-』は名著です。


 あと、今からASREADの中田さんと飲んできます。

 明日が仕事なのが惜しまれますな。


 今日はいろいろありました。

 そんなわけで(←どういうわけだ?)、今日は多くを語る気分ではないので。

 あと、フィットネスで汗を流して疲れているので、お休みなさい。


 あと、また「 いつもと違う場所からFacebookにログインしましたか?」状態に・・・。

 パスワードとか変えたりしているけどさぁ・・・。

 ちょっとFacebookはあやしいので、私の名前で変なのが来たら、とりあえず無視してください。

 教えてくれるとめっちゃありがたいです。


 まずは、ASREADの「関岡英之氏連載第6回、及び第8回記事は訂正されました」をご確認ください。

 それを踏まえた上で、ASREAD向けに、【産経新聞社からの訂正依頼について戦略的に考える】を掲載してもらいました。

 この論稿を読んで、なるほどと思う方もおられるでしょうが、そうでない方もいるかもしれません。

 この論稿では、戦略的にいろいろと布石を打っているのです。

 まず、この訂正依頼は第8回の分も含まれていますが、ほとんどが第6回の分の訂正依頼ですね。第6回が掲載されたのは7月8日であり、訂正依頼が正式に来たのが7月29日です。つまり、第6回が掲載されてから、21日後にこの訂正依頼が来たわけです。

 この事実に対し、そこに戦略を見て取り、こちらの戦略を立てるという行為が必要だとは思いませんか?

 次回以降は、そこの戦略について、この論稿の意味について少しだけ解説してみようと思います。





 今日は梅田で遊んでいたのですが、ちょうど良い時間に席が空いていたので、映画「るろうに剣心 京都大火編」を見てきました。

http://wwws.warnerbros.co.jp/rurouni-kenshin/index.html?oro=mile

 面白かったです。最後のアレは、卑怯です(笑)

 ネタバレしないように言うと、最後に出てきたXXXXは、まずOOOOOで間違いないでしょう。ですから、次の伝説の最期編では????を見ることができるわけです。実に楽しみです。


 剣心役の佐藤健さんは、前回よりも演技がうまくなっていて、安心して見ることができましたね。

 弥彦役の子は、成長していましたね。子供ですから、そりゃあ成長するわ(笑) 声変わりしていたのかな(笑)

 翁役の田中泯さんは、貫禄がありましたね。正直、蒼紫役の伊勢谷さんを喰ってましたね。

 志々雄役の藤原竜也さんは、さすがの出来です。この人はすごいわ。志々雄の声が実に良いです。

 瀬田宗次朗役の神木隆之介さんも、実に宗次朗です。大久保暗殺のシーンとか、しびれましたよ。あの切り合いのときのステップも良いなぁ。


 構成も、原作から厳選している感じでしたね。最後のシーンが少し雑だったような気もしますが・・・(笑)

 次の「伝説の最期編」も楽しみです。


 何やらFacebookのアカウントを乗っ取られたみたいです。

 私の名前でエロ画像がアップされました・・・。

 (´・д・`)ショボーン


 牧之瀬さんがすぐに教えてくれたので助かりました。

 やっぱり、持つべきものは友ですね。


 ちょっと前に知り合いがアカウントを乗ったられたみたいで、

 そこから釣りが来てひっかかっていたので、

 多分それが原因だと思われ。


 さすがにエロ画像上げたりすることはないので、

 私名義で変なのがアップされているのを見かけられたら、

 是非とも連絡していただけると助かります。


 工場の設備投資などは、かなりの長期的スパンで行われます。

 五年とかだと早い方で、十年以上もざらですね。

 十数年前の設備の更新とかなると、いろいろと大変です。

 もちろん、性能アップしなくちゃいけないのはいけないのですが、前と同じことができなければならなかったりするのです。

 機械に何かをさせる場合には、それ用の設定が必要なのですね。

 あれをやりたい場合はこれ、それをやりたい場合は何々といった感じで、個別に検討が必要だったりします。

 そのため設備の更新が現実的なスケジュールにのると、そういった検討のために、当時の資料をかき集めたりするわけですね。


 そのときの担当者、誰も残っていないよ・・・。

 この文章のここに書かれているの、一体全体どういった意味だよ?

 なんで、ここの記載から、こういった機能の要望につながるんだよ?


 などと、大変なことになったりするのです。

 過去の文献をあさり、真実の意味を読み解く。

 それはまるで、暗号解読のようなわけで・・・。


 まあ、そんなことをしている日常なわけで。



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