議論について

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 議論って、けっこう難しいですよね。
 議論をする場合って、自分以外の他者を必要としますから、議論の目的を何かしら設定しておかないと不毛になってしまうことが多いのです。
 そのため、議論の目的をあらかじめ明示しておくことは、議論を円滑に進めるための一つの方法だと思います。目的が違うと、議論がかみ合わなくなったりしますからね。

 で、ネット上でホームページやブログやツイッターやフェイスブックをやったりできるわけですが、そのような行為によってネット上での対話や議論などが発生したりするわけです。
 で、そのネットで公開している内容の性質によって、考慮しなければならないことも多々あるように思うわけです。
 例えば分かりやすい例で、自分が正しいと思っている意見を表明している場合で考えてみます。ざっくりと、次の二つの理由はすぐに挙げられると思います。

(1) 学問的に、自分の意見が正しいか「他者の意見によって」検討するため。
(2) 政治的に、自分の意見を「他者へと」広めたいため。

 この二つの理由の場合、かなり性質が違いますよね。違いは色々な面から指摘できますが、ここでは同意できる人数について考えてみます。
 学問的な厳密性を追及すると、それに付いて来られる人の数って、減っていってしまいますよね。例えば数学の証明などが顕著ですが、厳密に学問的に高度になるほど、それを理解できる人は少なくなるわけです。そして、学問的にはそれでもある程度は良いわけです。
 しかし、政治ではそれではまずいわけです。政治的な主張を厳密にしていくと、ついて来られる人が減ってしまって、政策に反映できなくなってしまうわけです。少なくとも、民主政体や民主的要素を含む政治体制では。
 ですから政治の分野では、政治的主張にしても、ある程度は学問的厳密性を犠牲にせざるを得なかったりするわけです。多数派を獲得できるようにするために、自身の主張を単純化したり拡張したりするわけですな。政治家って、本当に大変ですね。
 ただし、政治的に学問的な成果を利用するような場合、仮に学問的厳密性がある程度犠牲になるとしても、もともとの学問的厳密性が練られていることって非常に重要だと思うのですよね。

(続く)

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